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「もう私は子供じゃない…」ひとりの巨乳少女を成長させた田舎で過ごす夏休み。従兄弟のお兄さんに告白し、カラダを重ね合わせた1日だけの甘い時間。幼馴染から告白され、ひと夏だけの貴重な時間を共有した日々。平らだった胸がたわわに成長し、甘くも切ない思い出を刻んでいく。最後の日に恋人と求め合った中出しSEX。少女に残したヒリヒリする肌とジンジンする子宮…


ZIZ
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MistressLand

ペロペロハウスをこの前見たんですけど、


かのんこゆる/閲覧:3811回/回答:1回
ペロペロハウスをこの前見たんですけど、
あれって皆さん役者さんだったりAV女優やAV男優なのですか?
またあれは本気で恋愛してるのではなく、台本で動いてるんですか?
よくわからなかったんですが。


ベストアンサー


やらせですよ。
実際めっちゃフェラする子はAV女優です
season1は長谷川しずくちゃん
season2は乙葉ななせちゃん
season3は彩城ゆりなちゃん
と、かのんこゆるちゃんです
⇒Yahoo知恵袋 掲載ページ

ういろう売りの本文を教えてください。


かのんこゆる/閲覧:158回/回答:1回
ういろう売りの本文を教えてください。
ネットで調べても、広告が邪魔でみれませんでした。
あと、ういろう売りを練習して、滑舌がよくなった方がいらっしゃったら教えてほしいです!
変わらなかった、という方の意見もききたいです!
よろしくお願いします!!
カテゴリーがよくわからないので変なカテゴリーでの質問になっているかもしれないです。すみません!


ベストアンサー


「ういろう売り」本文
拙者親方と申すは、お立ち会いの中に、
御存知のお方も御座りましょうが、
御江戸を発って二十里上方、
相州小田原一色町をお過ぎなされて、
青物町を登りへおいでなさるれば、
欄干橋虎屋藤衛門、
只今は剃髪致して、円斎となのりまする。
元朝より大晦日まで、
お手に入れまする此の薬は、
昔ちんの国の唐人、
外郎という人、我が朝へ来たり、
帝へ参内の折から、
この薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、
冠のすき間より取り出す。
依ってその名を帝より、
とうちんこうと賜る。
即ち文字には、
「頂き、透く、香い」と書いて
「とうちんこう」と申す。
只今はこの薬、
殊の外世上に弘まり、方々に似看板を出し、
イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと、
色々に申せども、
平仮名をもって「ういろう」と記せしは、
親方円斎ばかり。
もしやお立ち会いの中に、熱海か塔ノ沢へ湯治にお出でなさるるか、
又は伊勢参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。
お登りならば右の方、お下りなれば左側、
八方が八棟、表が三棟玉堂造り、
破風には菊に桐のとうの御紋を御赦免あって、
系図正しき薬でござる。
イヤ最前より家名の自慢ばかりを申しても、
御存知ない方には、正身の胡椒の丸呑み、白河夜船、
さらば一粒食べかけて、
その気見合いをお目にかけましょう。
先ずこの薬をかように一粒舌の上にのせまして、
腹内へ納めますると、
イヤどうも云えぬは、胃、心、肺、肝がすこやかになりて、
薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し、
魚鳥、茸、麺類の食合わせ、其の他、万病速効ある事神の如し。
さて、この薬、第一の奇妙には、
舌のまわることが、銭ゴマがはだしで逃げる。
ひょっとしたがまわり出すと、矢も盾もたまらぬじゃ。
そりゃそら、そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。
アワヤ咽、さたらな舌にカ牙サ歯音、
ハマの二つは唇の軽重、開合さわやかに、
あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろを、
一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、
盆まめ、盆米、盆ごぼう、摘立、摘豆、つみ山椒、
書写山の社僧正、
粉米のなまがみ、粉米のなまがみ、こん粉米の小生がみ、
繻子ひじゅす、繻子、繻珍、
親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい、
古栗の木の古切口。
雨合羽か、番合羽か、貴様のきゃはんも皮脚絆、我等がきゃはんも皮脚絆、
しっかわ袴のしっぽころびを、三針はりなかにちょと縫うて、ぬうてちょとぶんだせ、
かわら撫子、野石竹。
のら如来、のら如来、三のら如来に六のら如来。
一寸先のお小仏におけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり。
京のなま鱈奈良なま学鰹、ちょと四、五貫目、
お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ、
青竹茶せんでお茶ちゃと立ちゃ。
来るは来るは何が来る、高野の山のおこけら小僧。
狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。
武具、馬具、ぶぐ、ばぐ、三ぶぐばぐ、合わせて武具、馬具、六ぶぐばぐ。
菊、栗、きく、くり、三菊栗、合わせて菊栗六菊栗、
麦、ごみ、むぎ、ごみ、三むぎごみ、合わせてむぎ、ごみ、六むぎごみ。
あの長押の長薙刀は、誰が長薙刀ぞ。
向こうの胡麻がらは、えのごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻。
がらぴい、がらぴい風車、
おきゃがれこぼし、おきゃがれ小坊師、ゆんべもこぼして又こぼした。
たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、
たっぽたっぽの一丁だこ、
落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬものは、
五徳、鉄きゅう、かな熊童子に、石熊、石持、虎熊、虎きす、
中にも、東寺の羅生門には、茨城童子がうで栗五合つかんでおむしゃる、
かの頼光のひざもと去らず。
鮒、きんかん、椎茸、定めて後段な、そば切り、そうめん、
うどんか、愚鈍な子新発地。
小棚の、小下の、小桶に、こ味噌が、こ有るぞ、
小杓子、こ持って、こすくって、こよこせ、おっと合点だ、
心得たんぼの川崎、神奈川、程ヶ谷、戸塚は、走って行けば、
やいとを摺りむく、三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや、
小磯の宿を七つ起きして、
早天早々、相州小田原とうちん香、
隠れござらぬ貴賤群衆の花のお江戸の花ういろう。
あれあの花を見てお心をおやわらぎやという。
産子、這子に至るまで、
この外郎のご評判、ご存じないとは申されまいまいつぶり、
角出せ、棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼、杵、すりばち、ばちばちぐわらぐわらぐわらと、
羽目をはずして今日お出でのいずれも様に、
上げねばならぬ、売らねばならぬと息せい引っぱり、
東方世界の薬の元締め、薬師如来も照覧あれと、
ホホ敬って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。
⇒Yahoo知恵袋 掲載ページ

ボカロのジャストビーフレンズの歌詞をひらがなで教えて下さい!


かのんこゆる/閲覧:178回/回答:1回
ボカロのジャストビーフレンズの歌詞をひらがなで教えて下さい!


ベストアンサー


ジャストビーフレンズ オールウィーガタトドゥ
ジャストビーフレンズ イッツタイムセイグッバイ
ジャストビーフレンズ オールウィーガタドゥ
ジャストビーフレンズ ジャストビーフレンズ
浮(う)かんだんだ 昨日(きのう)の朝(あさ) 早(はや)くに
割(わ)れたグラス かき集(かき)めるような
これは一体(いったい)なんだろう
切(き)った指(ゆび)からしたたる滴(しずく)
僕(ぼく)らはこんなことしたかったのかな
分(わ)かってたよ 心(こころ)の奥底(おくそこ)では
最(もっと)も辛(つら)い 選択(せんたく)がベスト
それを拒(こば)む自己愛(じこあい)と
結果自家撞着(けっかじかどうちゃく)の繰(く)り返(かえ)し
僕(ぼく)はいつになれば言えるのかな
緩(ゆる)やかに朽(く)ちてゆくこの世界(せかい)で
足掻(あが)く僕(ぼく)の唯一(ゆういつ)の活路(かつろ)
色褪(いろ)せた君(きみ)の 微笑(ほほえ)み刻(きざ)んで
栓(せん)を抜(ぬ)いた
声(こえ)を枯(か)らして叫(さけ)んだ
反響(はんきょう) 残響(ざんきょう)
空(むな)しく響(ひび)く
外(はず)された鎖(くさり)の その先(さき)は
なにひとつ残(のこ)ってやしないけど
ふたりを重(かさ)ねてた偶然(ぐうぜん)
暗転(あんてん) 断線(だんせん)
儚(はかな)く千々(ちぢ)に
所詮(しょせん)こんなものさ 呟(つぶや)いた
枯(か)れた頬(ほほ)に伝(つた)う誰(だれ)かの涙(なみだ)
オールウィーガタドゥ ジャストビーフレンズ
イッツタイムセイグッバイ ジャストビーフレンズ
オールウィーガタトドゥ ジャストビーフレンズ
ジャストビーフレンズ ジャストビーフレンズ
気(き)づいたんだ 昨日(きのう)の 凪(な)いだ夜(よる)に
落(お)ちた花弁(かべん) 拾(ひろ)い上(あ)げたとして
また咲(さ)き戻(もど)ることはない
そう手(て)の平(ひら)の上(うえ)の小(ちい)さな死(し)
僕(ぼく)らの時間(じかん)は止(とま)ったまま
思(おも)い出(だ)すよ 初(はじ)めて会(あ)った季節(きせつ)を
君(きみ)の優(やさ)しく微笑(ほほえ)む顔(かお)を
今(いま)を過去(かこ)に押(お)しやって
二人傷(ふたりきず)つく限(かぎ)り傷(きず)ついた
僕(ぼく)らの心(こころ)は棘(とげ)だらけだ
重苦(おもぐる)しく続(つづ)くこの関係(かんけい)で
悲(かな)しい程(ほど) 変(か)わらない心(こころ)
愛(あい)してるのに 離(はな)れがたいのに
僕(ぼく)が言(い)わなきゃ
心(こころ)に土砂降(どしゃぶ)りの雨(あめ)が
呆然(ぼうぜん) 竦然(しょうぜん)
視界(しかい)も煙(くも)る
覚悟(かくご)してた筈(はず)の その痛(いた)み
それでも貫(つら)かれるこの体(からだ)
ふたりを繋(つな)いでた絆(きずな)
綻(ほころ)び 解(ほどけ)け 日常(にちじょう)に消(き)えてく
さよなら愛(あい)した人(ひと) ここまでだ
もう振(ふ)り向(む)かないで歩(ある)き出(だ)すんだ
一度(いちどだけ)だけ 一度(いちどだけ)だけ
願(ねが)いが叶(かな)うのならば
何度(なんど)でも生(う)まれ変(か)わって
あの日(ひ)の君(きみ)に逢(あ)いに行(ゆ)くよ
声(こえ)を
枯(か)らして叫(さけ)んだ
反響(はんきょう) 残響(ざんきょう)
空(むな)しく響(ひび)く
外(はず)された鎖(くさり)の その先(さき)は
なにひとつ残(のこ)ってやしないけど
ふたりを繋(つな)いでた絆(きずな)
綻(ほころ)び 解(ほどけ)け 日常(にちじょう)に消(き)えてく
さよなら愛(あい)した人(ひと) ここまでだ
もう振(ふ)り向(む)かないで歩(ある)き出(だ)すんだ
これでおしまいさ
追記
打つのツラかった…
頑張ったからコイン下さいφ(゚∀゚ )アヒャ
⇒Yahoo知恵袋 掲載ページ

戴恩記 松永貞徳


かのんこゆる/閲覧:133回/回答:1回
戴恩記 松永貞徳
以下の現代語訳をお願いしたいです。
世はさだめなきものなり。よき事のあしき事になりぬるは、秀次関白殿連歌をふと御稽古ありしかば、悦びて紹巴毎日登城し給ひけり。かの御謀反の御談合の人数にやさされ給ひけん、三井寺まで流され、百石の知行、その外家財屋敷まで、昌叱に太閤御所よりくだされ、あさましき身となり給ひておはしけるを、笑止に思ひ、その年の師走、雪を分けて、まろ一人忍びつつ参りき。法橋、まろが名を聞き付け、なつかしくや思はれけん、十間ばかり出で給ひて、まろが手を引き、奥なる住家へひき入れ給ひぬ。道すがら、「よくもおそく来る者かな。春のころ、照光院殿なんど、御見舞の御使者ありし。われらが首を斬らんせんとし給ふに似たり。今、世上のさんだん少し事さめて、さびしき時分なり。これこそ心実のこころざしなれ。」とて、まろがもたせの樽ひらかせて、中椀といふものをとり出し、「そこは下壺なれば、独酌せん。」とて、三盃参り、まろにさし給ひしほどに、七八分うけてあけければ、驚き給ひ、「さなたべそ。」と申されしほどに、まろ、「さのみ下壺にてなかりしかども、もの習ふわかき者の、おほくたべたらば、いかがおぼしめされ候はんかと、御前にては下壺と申し侍りき。」とさんげ申させしかば、その時、うちわらひ給ひ、「そのかみ称名院殿へ、昌叱心前をめしつれ参りけるに、路次にて心前がいふやう、『われをば下壺と御申しあれ。』といひしほどに、その分に披露せしに、その後細伺公の時、昌叱とはれとは酔ひて帰るに、心前一人すめんにてさむがり、『はじめより上壺と知らせ奉るべきに、くやしく下壺になり、今更貴人へ申しなほす事はならず。』と、不断腹をたてつぶやき侍り。何事もあるやうなるがよきぞ。たくみな事は後おほくはあしき事になるなり。われらが連歌に今まで付けおほさせたると覚ゆるは、ある千句の中に、
ただそのままに世こそおさまれ
よきにのみなさんとするやあしからん
と付けたりしを、世の人も感じけるとなり。されどもそこのわれを師と頼み崇め給ひし心中うれしくこそ侍れ。太閤御所わがあとを他人をつかはされず、昌叱にくだされしは、少しわれをいたはり給ふ御心かと、人々も思ふに、この昌叱、をさなくよりとりたて、子よりねんごろにはぐくみ、残さず教へわれに、情なくあたり、そこの知らせ給ふ、桑の木の机までとりぬ。隣の玄仍が屋敷と、わが屋敷と、今までは垣もせず、ひとつに行き通ひしに、この度境目論をし、枸杞畠に垣をゆひ、主が為にも聟なるに、他人よりおそろしくあたり侍る。恥づかしき儀ながら、ただ拾枚持ちたりし判金をも、案内者なれば、奉行へ書きてとりたりしにより、かかるわびしき身となり、年をもとりかぬるなり。」と、酔ひ泣きし給ひければ、みづからもあはれと思ひて、よよと泣き侍りぬ。なみだおさへて申さく、「何事も前世のなす所なり。唐の名匠も、わが朝の貴人も、時の災難にはのがれ給はず。罪なくしてさすらへしたぐひも多し、御手前もわれらが目よりは、ただ人とは見えず。紹巴の巴の字は、うづとも、ともへともよめば、水にたよりたる御いみななり。また臨江斎と申すは、江にのぞむと書きたれば、一生の内に、所もこそおほきに、この江州へ流され給ふ。名詮自性のことわり、掲焉ならずや。」と申させしかば、「誠におことの申さるるに付きて、今はじめてこのことわりある事を知りぬ。何ともなく付けたる名の、かやうに符号する事、前世の報ひなるべし。」とて、殊の外感歎し給ひぬ。
かく語るほどに、日もやうやくかたぶきしかば、いとま申すとて、
志賀の浦や寄せきてこほるささ波もはるにはやがてたちぞかへらん
と詠じければ、案のごとく、翌年にめしかへされて、まろがもとへ御出ありき。
よろしくお願いします。


ベストアンサー


長文過ぎます。どこかからコピペしてくるわけではないので、それなりに手間も時間もかかります。せめて4分の1ずつ訊いてください。コインはいりません。もてあましてますから。
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現代語訳お願いします!


かのんこゆる/閲覧:115回/回答:1回
現代語訳お願いします!
宇津の山を越ゆれば、蔦かづらはしげりて、昔の跡たえず。業平が修行者にことづてしけん程、いづくなるらむと見行く程に、道のほとりに札を立てたるを見れば、無縁の
世捨人あるよしを書けり。道より近きあたりなれば、少たち入て見るに、わづかなる草の庵のうちに独の僧有。画像の阿弥陀仏をかけたてまつりて、浄土の法門などをかけり。その外に見ゆる物なし。発心のはじめ尋ねければ、「我身堪たるかたなければ、理を観ずるに心くらく、仏を念ずる性ものうし。難行易行の二道ともかけたりといへども、山中に眠れるは、里にありて勤めたるにまされるよし、ある人のをしへにつきて、この山に庵りをむすびつゝ、あまたの年月を送る」よしを答ふ。むかし叔斉が首陽の雲に入し、猶三春の蕨を採る、許由が潁水の月にすみし、をのずから一瓢の器ものをかけたりといへり。此庵のあたりには、ことさら煙立てたるよすがも見えず、柴折くぶるなぐさめまでも思ひたえたるさま也。身を孤山の嵐の底にやどし、心を浄域の雲の外にすませる、いはねどしるく見えて、中/\哀に心ぼそし。
世をいとふ心のおくやにごらましかゝる山辺の住居ならでは
この庵のあたり幾程遠からず、峠といふ所に至りて、大なる卒塔婆の年経にけると見ゆるに、歌どもあまた書付たる中に、「東路はこゝをせにせん宇津の山哀もふかし蔦の細道」とよめる、心とまりておぼゆれば、其かたはらに書付く。
われは又これをせにせん宇津の山わきて色有つたのした露
猶うち過るほどに、ある木陰に石を高くつみあげて、目に立さまなる塚あり。人に尋ぬれば、梶原が墓となむこたふ。道のかたはらの土と成けるとみゆるにも、顕基中納言のくちづけ給へりけん、年/\″に春の草にお生たりといへる詩、思ひ出られて、是亦古き塚となりなば、名だにもよも残らじとあはれ也。羊太傅が跡にはあらねども、心ある旅人は、爰にも涙をやをとすらん。かの梶原は、将軍二代の恩にほこり、武勇三略の名を得たり、かたはらに人なくぞ見えける。いかなる事か有けん、かたへの憤りふかくして、忽に身を亡すべきに成にければ、ひとまども延びんとや思けん、都の方へはせのぼりける程に、駿河国き川といふ所にてうたれにけりと聞しが、さは爰にて有けりと哀に思ひ合せらる。讃岐の法皇配所へ趣かせ給ひて後、志度といふ所にてかくれさせおはしましにける跡を、西行修行のつゐでに見まいらせて、「よしや君昔の玉の床にてもかゝらむ後は何にかはせん」と読りけるなど承るに、ましてしもざまのものの事は申に及ばねども、さしあたりて見るに、いとあはれにおぼゆ。
哀にも空にうかれし玉ぼこの道のべにしも名をとゞめける


ベストアンサー


ワンワンわおーん?ハフハフ
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Part2 冒頭文から、文学作の「作品名」・「著者または編者(不明なら作者不詳を)…


かのんこゆる/閲覧:464回/回答:2回
Part2 冒頭文から、文学作の「作品名」・「著者または編者(不明なら作者不詳を)」を、教えてください。
(1) 神武天皇から九十五代目の帝、後醍醐天皇の御代に相模守平高時といふ武士がゐた。
此人の時代から天下は乱れに乱れて、戦争の続くこと四十年にも余り、其間に一人の長生きをする者もなく、人々は皆身の置き所もない有様であつた。
→ (作品名: )、(編者: )
(2) それ、申楽延年のことわざ、その源を尋ぬるに、あるは仏在所より起り、あるは神代より伝ふといへども、時移 り、代隔たりぬれば、その風を学ぶ力およびがたし。
→ (作品名: )、(編者: )
(3) 桜もちるに歎き、月はかぎりありて入佐山。爰に但馬の国かねほる里の辺に、浮世の事を外になして、色道ふたつに寝ても覚ても夢介とかえ名よばれて、名古や三左・加賀の八などと、七つ紋のひしにくみして、身は酒にひたし、一条通り夜更て戻り橋。
→ (作品名: )、(編者: )
(4) 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。
→ (作品名: )、(編者: )
(5) げにや安楽の世界より 今この娑婆に示現して 我等がための観世音 仰ぐも高し。高き屋に 上りて民の賑ひを 契りおきてし難波津や みつづゝ十とみつの里 札所々々の霊地霊仏。
→ (作品名: )、(編者: )
(6) 是爲白井一之老人所藏、小林一茶翁手書之俳諧巻、可愛玩者昔者鄭板橋、手書其集、鏤而公於世、翁之集亦己梓、可謂板橋以後第一人也、書之還之
戊寅二月 菱陀生
世々の變風元禄に至りて正雅やゝ定まりしよりこのかた、諸家の風調おのおのその得失によりて風姿極りなしといへども、かの向上の一路は踏たがふ事なく、ひばりのくちさかしく、蚯蚓の鈍くおかしげなる、
→ (作品名: )、(編者: )
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
(7) 小説の美術たる由を明らめまくせば、まづ美術の何たるをば知らざる可らず。さはあれ美術の何たるを明らめまくほりせば、世の謬説を排斥して、美術の本義を定むるをば、まづ第一に必要なりとす。美術に関する議論のごときは古今にさまざまありといへども、総じて未定未完にして、本義と見るべきものは稀れなり。
→ (作品名: )、(編者: )
(8) 千早振る神無月ももはや跡二日の余波となッた二十八日の午後三時頃に、神田見附の内より、塗渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸出でて来るのは、孰れも顋を気にし給う方々。
→ (作品名: )、(編者: )
(9) 石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて、熾熱燈(シネツトウ)の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にここに集い来る骨牌仲間も「ホテル」に泊まりて、
→ (作品名: )、(編者: )
(10) 木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対ひて話し敵もなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日掃ひしか剃つたる痕の青ヾと、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとゞめて
→ (作品名: )、(編者: )
(11) 廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に灯火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらないて、
→ (作品名: )、(編者: )
(12) 未だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠めて、真直ぐに長く東より西に横はれる大道は掃きたるやうに物の影を留めず、いと寂しく往来の絶えたるに、例ならず繁き車輪の輾(キシリ)は、あるいは忙かりし、
→ (作品名: )、(編者: )
(13) こゝろなきうたのしらべは ひとふさのぶだうのごとし なさけあるてにもつまれて あたゝかきさけとなるらむ
ぶだうだなふかくかゝれる むらさきのそれにあらねど こゝろあるひとのなさけに かげにおくふさのみつよつ
→ (作品名: )、(編者: )
(14) この書の体裁は悉く藤島武二先生の意匠に成れり表紙画みだれ髪の輪郭は恋愛の矢のハートを射たるにて矢の根より吹き出でたる花は詩を意味せるなり
臙脂紫
夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
歌にきけな誰れ野の花に紅き否むおもむきあるかな春罪もつ子
髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
→ (作品名: )、(編者: )
(15) 金井湛君は哲学が職業である。
哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学が職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学を卒業するときには、外道哲学と Sokrates 前の希臘哲学との比較的研究とかいう題で、余程へんなものを書いたそうだ。
→ (作品名: )、(編者: )


ベストアンサー


(1)太平記の現代語訳と思われます。 それも冒頭しょっぱなではなく、何行かあとの文です。
この部分の原文です。
ここに本朝人皇の始め神武天皇より九十五代の帝、後醍醐天皇の御宇に当たって、武臣相模守平高時といふ者あり。この時、上君の徳に乖き、下臣の礼を失う。これより四海大いに乱れて、一日もいまだ安からず。狼煙天をかすめ、鯢波地動かすこと、今に至るまで四十余年、一人として春秋に富めることをえず。万民手足おく所無し。
ちなみに、それに先立つ冒頭は次の通りです。
蒙ひそかに古今の変化を採って安危の由来を見るに、覆って外無きは天の徳なり。名君これに体して国家を保つ。のせて棄つることの無きは地の道なり。良臣これにのつとって社稷を守る。もしそれその徳欠くるときは、位有りといへども久しからず。いはゆる夏の桀は南巣に走り、殷の紂は牧野に敗らる。その道違ふときは威有りといへども久しからず。かつて聴く趙高は咸陽に刑せられ、禄山は鳳翔に滅ぶ。ここを以って、前聖慎んで法を将来に垂るることをえたり。後昆顧みていましめを既往に取らざらんや。
また、太平記の作者は不詳です。
(2)風姿花伝 世阿弥
(3)好色一代男 井原西鶴
(4)おくの細道 松尾芭蕉
(5)曽根崎心中 近松門左衛門
(6)おらが春 小林一茶
(7)小説神髄 坪内逍遥
(8)浮雲 二葉亭四迷
(9)舞姫 森鴎外
(10)五重塔 幸田露伴
(11)たけくらべ 樋口一葉
(12)金色夜叉 尾崎紅葉
(13)若菜集 島崎藤村
(14)みだれ髪 与謝野晶子
(15)ヰタ・セクスアリス 森鴎外
いい勉強をさせてもらいました。
⇒Yahoo知恵袋 掲載ページ

雨月物語の終夜以降の訳を教えてください


かのんこゆる/閲覧:549回/回答:2回
雨月物語の終夜以降の訳を教えてください
もしくは訳されているサイトなど教えてください


ベストアンサー


雨月物語
巻之一
白峯
あふ坂の関守にゆるされてより。(中略)。終夜供養したてまつらばやと。御墓の前のたひらなる石の上に座をしめて。經文徐に誦しつゝも。かつ哥よみてたてまつる
松山の浪のけしきはかはらじをかたなく君はなりまさりけり
猶心怠らず供養す。露いかばかり袂にふかゝりけん。日は没しほとに。山深き夜のさま常ならね。石の牀木葉の衾いと寒く。神清骨冷て。物とはなしに凄じきこゝちせらる。月は出しかど。茂きが林は影をもらさねば。あやなき闇にうらぶれて。眠るともなきに。まさしく圓位/\とよぶ聲す。眼をひらきてすかし見れば。其形異なる人の。背高く痩おとろへたるが。顔のかたち着たる衣の色紋も見えで。こなたにむかひて立るを。西行もとより道心の法師なれば。恐ろしともなくて。こゝに來たるは誰と答ふ。かの人いふ。前によみつること葉のかへりこと聞えんとて見えつるなりとて
松山の浪にながれてこし舩のやかてむなしくなりにけるかな
喜しくもまうでつるよと聞ゆるに。新院の霊なることをしりて。地にぬかづき涙を流していふ。さりとていかに迷はせ給ふや。濁世を厭離し給ひつることのうらやましく侍りてこそ。今夜の法施に随縁したてまつるを。現形し給ふはありがたくも悲しき御こゝろにし侍り。ひたぶるに隔生即忘して。佛果円満の位に昇らせ給へと。情をつくして諫奉る。新院呵々と笑はせ給ひ。汝しらず。近來の世の乱は朕なす事なり。生てありし日より魔道にこゝろざしをかたふけて。平治の乱を發さしめ。死て猶朝家に祟をなす。見よ/\やがて天が下に大乱を生ぜしめんといふ。西行此詔に涙をとゞめて。こは浅ましき御こゝろばへをうけ給はるものかな。君はもとよりも聡明の聞えましませば。王道のことわりはあきらめさせ給ふ。こゝろみに討ね請すべし。そも保元の御謀叛は天の神の教給ふことわりにも違はじとておぼし立せ給ふか。又みづからの人慾より計策給ふか。詳に告せ給へと奏す。其時院の御けしきかはらせ給ひ。汝聞け。帝位は人の極なり。若人道上より乱す則は。天の命に應じ。民の望に順ふて是を伐。抑永治の昔。犯せる罪もなきに。父帝の命を恐みて。三歳の體仁に代を禅りし心。人慾深きといふべからず。體仁早世ましては。朕皇子の重仁こそ国しらすべきものをと。朕も人も思ひをりしに美福門院が妬みにさへられて。四の宮の雅仁に代を簒はれしは深き怨にあらずや。重仁國しらすべき才あり。雅仁何らのうつは物ぞ。人の徳をえらはずも。天が下の事を後宮にかたらひ給ふは父帝の罪なりし。されど世にあらせ給ふほとは孝信をまもりて。勤色にも出さゞりしを。崩させ給ひてはいつまでありなんと。武きこゝろざしを發せしなり。臣として君を伐すら。天に應じ民の望にしたがへば。周八百年の創業となるものを。ましてしるべき位ある身にて。牝鶏の晨する代を取て代らんに。道を失ふといふべからず。汝家を出て佛に婬し。未來解脱の利慾を願ふ心より。人道をもて因果に引入れ。尭舜のをしへを釈門に混じて朕に説やと。御聲あらゝかに告せ給ふ。西行いよゝ恐るゝ色もなく座をすゝみて。君が告せ給ふ所は。人道のことわりをかりて慾塵をのがれ給はず。遠く辰旦をいふまでもあらず。皇朝の昔誉田の天皇。兄の皇子大鷦鷯の王をおきて。李の皇子菟道の王を日嗣の太子となし給ふ。天皇崩御給ひては。兄弟相譲りて位に昇り給はず。三とせをわたりても猶果べくもあらぬを。菟道の王深く憂給ひて。豈久しく生て天が下を煩しめんやとて。みづから寳算を断せ給ふものから。罷事なくて兄の皇子御位に即せ給ふ。是天業を重んじ孝悌をまもり。忠をつくして人慾なし。尭舜の道といふなるべし。本朝に儒教を尊みて専王道の輔とするは。莵道の王。百済の王仁を召て。斈ばせ給ふをはじめなれば。此兄弟の王の御心ぞ。即漢土の聖の御心ともいふべし。又周の創。武王一たび怒りて天下の民を安くす。臣として君を弑すといふべからず。仁を賊み義を賊む。一夫の紂を誅するなりといふ事。孟子といふ書にありと人の傳へに聞侍る。されば漢土の書は經典史策詩文にいたるまで渡さゞるはなきに。かの孟子の書ばかりいまだ日本に來らず。此書を積て來たる舩は。必しも暴風にあひて沈没よしをいへり。それをいかなる故ぞととふに。我國は天照すおほん神の開闢しろしめしゝより。日嗣の大王絶る事なきを。かく口賢しきをしへを傳へなば。末の世に神孫を奪ふて罪なしといふ敵も出べしと。八百よろづの神の惡ませ給ふて。神風を起して舩を覆し給ふと聞。されば他國の聖の教も。こゝの國土にふさはしからぬことすくなからず。且詩にもいはざるや。兄弟牆に鬩ぐとも外の悔りを禦げよと。さるを骨肉の愛をわすれ給ひ。あまさへ一院崩御給ひて。殯の宮に肌膚もいまだ寒させたまはぬに。御旗なびかせ弓末ふり立て宝祚をあらそひ給ふは。不孝の罪これより劇しきはあらじ。天下は神器なり。人のわたくしをもて奪ふとも得べからぬことわりなるを。たとへ重仁王の即位は民の仰ぎ望む所なりとも。徳を布和を施し給はで。道ならぬみわざをもて代を乱し給ふ則は。きのふまで君を慕ひしも。けふは忽怨敵となりて。本意をも遂たまはで。いにしへより例なき刑を得給ひて。かゝる鄙の國の土とならせ給ふなり。たゞ/\舊き讐をわすれ給ふて。浄土にかへらせ給はんこそ願はまほしき叡慮なれと。はゞかることなく奏ける。院長嘘をつがせ給ひ。今事を正して罪をとふ。ことわりなきにあらず。されどいかにせん。この嶋に謫れて。高遠が松山の家に困められ。日に三たびの御膳すゝむるよりは。まいりつかふる者もなし。只天とぶ雁の小夜の枕におとづるゝを聞けば。都にや行らんとなつかしく。暁の千鳥の洲崎にさわぐも。心をくだく種となる。烏の頭は白くなるとも。都には還るべき期もあらねば。定て海畔の鬼とならんずらん。ひたすら後世のためにとて。五部の大乗經をうつしてけるが。貝鐘の音も聞えぬ荒礒にとゞめんもかなし。せめては筆の跡ばかりを洛の中に入れさせ給へと。仁和寺の御室の許へ。經にそへてよみておくりける
濱千鳥跡はみやこにかよへども身は松山に音をのみぞ鳴
しかるに少納言信西がはからひとして。若呪咀の心にやと奏しけるより。そがまゝにかへされしぞうらみなれ。いにしへより倭漢士ともに。國をあらそひて兄弟敵となりし例は珎しからねど。罪深き事かなと思ふより。悪心懺悔の為にとて写しぬる御經なるを。いかにさゝふる者ありとも。親しきを議るべき令にもたがひて筆の跡だも納給はぬ叡慮こそ。今は舊しき讐なるかな。所詮此經を魔道に回向して。恨をはるかさんと。一すぢにおもひ定て。指を破り血をもて願文をうつし。經とゝもに志戸の海に沈てし後は。人にも見えず深く閉こもりて。ひとへに魔王となるべき大願をちかひしが。はた平治の乱ぞ出きぬる。まづ信頼が高き位を望む驕慢の心をさそふて義朝をかたらはしむ。かの義朝こそ悪き敵なれ。父の為義をはじめ。同胞の武士は皆朕ために命を捨しに。他一人朕に弓を挽。為朝が勇猛。為義忠政が軍配に贏目を見つるに。西南の風に焼討せられ。白川の宮を出しより。如意が嶽の嶮しきに足を破られ。或は山賎の椎柴をおほひて雨露を凌ぎ。終に擒はれて此嶋に謫られしまで。皆義朝が姦しき計策に困められしなり。これが報ひを虎狼の心に障化して。信頼が陰謀にかたらはせしかば。地祗に逆ふ罪。武に賢からぬ清盛に遂討る。且父の為義を弑せし報せまりて。家の子に謀られしは。天神の祟を蒙りしものよ。又少納言信西は。常に己を博士ぶりて。人を拒む心の直からぬこれをさそふて信頼義朝が讐となせしかは。終に家をすてゝ宇治山の坑に竄れしを。はた探し獲られて六条河原に梟首らる。これ經をかへせし諛言の罪を治めしなり。それがあまり應保の夏は美福門院が命を窮り。長寛の春は忠道を祟りて。朕も其秋世をさりしかど。猶嗔火熾にして盡ざるまゝに。終に大魔王となりて。三百余類の巨魁となる。朕けんぞくのなすところ。人の福を見ては轉して禍とし。世の治るを見ては乱を発さしむ。只清盛が人果大にして。親族氏族こと/\く高き官位につらなり。おのがまゝなる國政を執行ふといへども。重盛忠義をもて輔くる故いまだ期いたらず。汝見よ。平氏も又久しからじ。雅仁朕につらかりしほどは終に報ふべきぞと。御聲いやましに恐しく聞えけり。西行いふ。君かくまで魔界の悪業につながれて。佛土に億万里を隔給へばふたゝびいはじとて。只黙してむかひ居たりける。時に峯谷ゆすり動きて。風叢林を僵すがごとく。沙石を空に巻上る。見る/\一段の陰火君が膝の下より燃上りて。(中略)
閑に終夜のことゞもを思ひ出るに。平治の乱よりはしめて。人々の消息。年月のたがひなければ。深く慎みて人にもかたり出ず。其後十三年を經て治承三年の秋。平の重盛病に係りて世を逝ぬれば。平相國入道。君をうらみて鳥羽の離宮に篭たてまつり。かさねて福原の茅の宮に困めたてまつる。頼朝東風に競ひおこり。義仲北雪をはらふて出るに及び。平氏の一門こと%\く西の海に漂ひ。遂に讃岐の海志戸八嶋にいたりて。武きつはものともおほく鼇魚のはらに葬られ。赤間が関壇の浦にせまりて。幼主海に入らせたまへば。軍將たちものこりなく亡びしまで。露たがはざりしぞおそろしくあやしき話柄なりけり。其後御廟は玉もて雕り。丹青を彩りなして。稜威を崇めたてまつる。かの國にかよふ人は。必幣をさゝげて斎ひまつるべき御神なりけらし
あまり長いので最初の方と最後の方略したが、始めの方の「終夜」と後半のもう一つ「終夜」のどっちからあとなのか。前の方なら長すぎる。図書館で見た方が早い。
⇒Yahoo知恵袋 掲載ページ

国語について


かのんこゆる/閲覧:214回/回答:1回
国語について
こんな質問したら馬鹿かと思われても仕方ないと思いますが連体詞と動詞についてです。
たとえばこんな文があるとします・・・「僕が育った学校」
この文の育ったは僕は連体詞だと思い答えにしたら×でした・・・答えは動詞です・・・
僕は育ったの後ろに体言(名詞とか)が来ているるし、どんな~のように学校を育ったが修飾しているという理由で
連体詞にしました。なぜ動詞なのかがまったくもってわかりません。誰かかなり分かりやすく説明していただけると助かります。
またそういう動詞、副詞、助詞、助動詞など見分け方も簡単にできるものなどありましたら教えてください。
説明下手ですみません


ベストアンサー


全く持つて品詞分解は莫迦げてゐるけれど、そんな事を云つても仕方がないので、品詞事にみると、「連体詞」は「活用しない連体修飾語で文節を作るもの(自立語である)」とある。つまり「育つた」たは十分に活用できるので、ここでは「連体詞」とするには問題が在る。
全ての言葉は、語源があつて、そこから出発する。そんな中でも、ある一定の用法だけになる語彙といふ物が在る。「あかるい」は「あか」「あかり」「あかる」「あかるし」など名詞・動詞・形容詞と仲間が沢山ゐるけれど、派生してしまつて、用法が固定された。連体詞も似たやうな物で、「いはゆる」や「あらゆる」などが該当する。
「いはゆる」は動詞「いふ」に助動詞「ゆ」が接続してできた物だが、「いはゆるA」と連体修飾以外の用法がなく且つ活用することもないので、現代語ではこれを「連体詞」と判断する必要が在る。「あらゆるA」「あるA」なども連体詞だが、現代語には「わが」「この」「かの」「その」も連体詞とみれる。しかしながら古語では「こは如何に」などの「こ」の表現があるから、「この」を連体詞とみることはできない。つまりこれが、用法が限定されたか廃れたかの判断が、連体詞か否かの基準となる。
一方、「副詞」は「活用しない連用修飾語で文節を作るもの(自立語である)」とある。連体詞と副詞は、もともと他の言葉から派生した物が大半であるから、その判断がむづかしいけれど、そこは連体詞と同じ。
助動詞は「活用するが文節を作らない物(附屬語)」であり、形容動詞を品詞として認めるか否かをのぞけば、文法的問題は無い。用言(動詞・形容詞・形容動詞)の活用語尾等ではないのに、活用してゐるならば、助動詞である。消去法的発想が一番簡単。
助詞は「活用せず文節を作らない物(附屬語)」であり、これもそんなに面倒ではない。
まづは、「名詞」「動詞」「形容詞」「形容動詞」だけ相手にして、それの活用表が理解できるやうになつたら、「助動詞」の活用を理解する。「助動詞」に関しては、「をとこもすなる日記・・・をんなもしてみむとてするなり(土佐日記)」の「すなる」と「するなり」、「花咲きぬ」「花咲かぬ」の「ぬ」、など紛らはしいのが多いので、簡単といへる道はない。
cf.参考書として、文語文法だけでよいなら「古文研究法」の第一章の助動詞に関する部分を、国文法全体が必要なら「国文法ちかみち」をお薦めする。本が一冊かける内容であるから、教科書や参考書をみて自分なりの理解をしてほしい。
⇒Yahoo知恵袋 掲載ページ

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AV界のちょいぽちゃ枠が確立されるかも?
本作品、カメラの位置が良く、こゆるさんのむっちむちの身体が見事に表現されていた。特に、下からのアングルで捉えられた下腹からデルタ地帯にかけての部位が、プニプニ感が出ていて良かった。一方で、上半身を起こした時や、四つん這いになった時に二三段によってしまうお腹周りは好みが分かれるところだと思った。しかし、ちょいぽちゃ枠の誕生という見方をすると、必須アイテムだろう。また、お世辞にも綺麗とは言えない四角尻への寄りの際に、貫通済みの菊門がお披露目されているのは、アナル愛好家にとって垂涎のサービスショットではないだろうか?
最後に、こゆるさんの感度について触れておくと、彼女は作品を追う毎に感度が良くなっており、大量の粘液が膣から溢れてくる身体に仕上がっている。それに、撮影の度に中を掻き混ぜられるから、膀胱に水が溜まりやすくなっているのだろうか、お漏らしの量が増えている気がする。